第16回 心の動き
2005年11月17日(2009年11月28日加筆)
「とにかく、やってみなはれ。やる前から諦める奴は、一番つまらん人間だ。」
(『プロジェクトX リーダーたちの言葉』 南極越冬隊長 西堀榮三郎の言葉より)
鍼灸院を開院する頃、少々気弱になった時期がありました。果たしてやっていけるのか?まだまだ開業するのは早すぎるのでは?患者様が来なかったらどうしよう・・・。もう開業準備に動き出しているにもかかわらず、そんな不安で頭の中が一杯になりました。そんなときにたまたまテレビで観ていたのが、NHKの『プロジェクトX』の特集でした。そこで出会ったのが、この冒頭の言葉でした。物事は実行してみないと始まらないことっていっぱいあるんだなと、改めて感じ、どう転ぶにせよやってみなくては・・・と自分を奮い立たせてくれた言葉でした。
このように人間が何かを始めるとき、我々の心の動きはどのような過程を踏むのでしょうか。心の動きといいますと、まず最初に思い浮かぶのが心理学ですが、心理学の領域に対して、東洋医学はどのようなアプローチをしているのでしょうか。東洋医学がどのように心の動きを捉えているのか、本日はそのあたりを考察してみます。
東洋医学の原典である『黄帝内経・素問』『黄帝内経・霊枢』にあります、「本神論」「宣明五気編」といった章の中に、われわれ人間の心(こころ)や思考の構成が五臓の分類と共に見出すことができます。これらをまとめてみますと、下の表のようになります。
まずこの中で最も重要になるのは、心臓の「神」です。「神」といっても宗教でいうところの「神」ではありません。「神」という言葉は医学書以外の多くの古典にも見ることが出来るもので、漢学者の間でもその解釈の仕方は様々あります。ここではとりあえず「人間の心を動かしている摩訶不思議な無形の働き」と解釈してもらえばいいと思いますが、この「神」こそが、人間の思考の中心であり、思考全体を統括するものだと東洋医学では考えている。
では「神」が心全体を統括する中で、いったい我々の思考はどのように変化していくのでしょうか。明代後期に李念莪という人によって書かれた『黄帝内経・素問』『黄帝内経・霊枢』の解説書である『内経知要』という本には、この「本神論」の解説に思考過程を次のように説明しています。
意: 心が立ち上がりいまだに定まるところがない状態。
↓
志: 意が決まって画然として変わらない状態。
↓
思: 志が定まったといっても反復推し量る状態。
↓
慮: 思いが終わらず追慕し憂疑展転する状態。
↓
智: 慮った後は動くところ巧みなる状態。
これは人が行動に移すまでの思考過程を本当に上手に表現したものだと思います。まず“思い”が始まり、その思いが逡巡し、そして最後は“決断”してそしてそれを“実行”に移すまでの過程が簡潔にまとまっています。そして意・志・思・慮・智にはそれぞれ五臓が割り振られており、肉体と心の動きをも全体として結びつけ、そして五行のどれもが欠けたり、過剰になってはいけないという東洋医学の視点を垣間見ることが出来ます。さらに『黄帝内経』の他の編においては、この思考過程で、胆のうがサポートして中正なる決断をすると述べています。
石橋を何度も何度も叩いてみても、結局渡らなければ何にもならない。かといって性急に事を運びすぎても物事は成就しないこともあります。その人が持って生まれた性格もあるとは思いますが、もしも最近気力がない、集中力がない、決断が鈍っている、なかなか実行に移せない、というときなどは、五臓のバランスが微妙にずれているなどが原因になっていることが多々あります。鍼灸の「本治法」で性格を直すことは出来ませんが、このような東洋医学の原典に則った治療方法ですので、本治法によって崩れていたバランスを整えていくことで、快活に決断と実行ができるようになってくると思います。こうなりますと、充実した毎日を過ごすための一助になり、人生全体が明るく前向きなものになるのではと思います。
| 五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
| 五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
| 五精 | 魂 | 神 | 意智 | 魄 | 精志 |
| 東洋医学では、人間の心の動きを五行で分類しています。そしてこれらを統括するのが心臓の「神」で、それをサポートするのが中正の官である胆のうになります。 | |||||
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鍼灸治療の効用・適応