第20回 くしゃみ
2006年4月11日(2009年11月28日加筆)
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今年の春は思うように気温が上がらない日々が続いています。お花見や夜桜見学をして、次の日にはくしゃみが止まらなくなった方も多かったのではないでしょうか。私もそのうちの一人で、寒い日の夜に千鳥が淵で夜桜を見学し、うかつにも翌日はくしゃみを連発してしまいました・・・。
東洋医学では、くしゃみのことをどのように捉えているのでしょうか。
『黄帝内経・霊枢』の中にある「口問第二十八」の「嚏(テイ)」の文字がくしゃみであります。その本文では、「陽気が和利して心に満ちて鼻に出る」と記してあります。これでは分かりにくいので、清代の医家である張志聡氏の注を読んでみますと、そこには「太陽之気と心気之気が相い合して、肺に出る」と書いてあります。これを意釈してみますと、「太陽之気は膀胱に発するもので、心気は陽中之太陽である。この二つの気がお互いに交じわっていくと、相い合した気が体の上のほうで満たされていく。肺は心の蓋であるので、肺にその気が満たされていく。肺とつながっている竅(あな)は鼻であるが、たまった気が鼻にのぼってくしゃみになる。」となります。これが東洋医学でのくしゃみの解説であります。つまりくしゃみと言うものは、体の中の血(心)、水(膀胱)の気が変動したもので、さらにそれが肺(気)を通って出て行くもので、血、水、気に変動が及んでいるというものと考えられています。くしゃみとは、身体の構成要素の基本である気・血・水(津液)が変動していますので、病の兆候ということにもなります。さらにこのくしゃみの項目には、その兆候が現れる部位として眉を挙げています。この眉は膀胱の経絡が走っているところで、つまり水(津液)の状態が眉に現れれるということを示しています。くしゃみをしたときには、同時に津液の状態はどうなっているかをよく考察すべきである、ということを示唆しているように思われます。くしゃみをしますと、鼻水が出ることがありますが、以上のことを考え合わせてみますと、鼻水が出るほどのくしゃみのときは、津液の変動が進んでいることになりますので、ただのくしゃみよりもさらに注意を要することとなります。実際に鼻水が出るようなくしゃみをする時、我々の身体はかなり冷えて風邪をひきやすくなっていることは、体験的にも実感できるところだと思います。
この『黄帝内経』の「口問第二十八」では、他にしゃっくり、あくび、げっぷなど人体の生理現象を取り上げて解説しています。「口問」とは“口伝”を意味するものですので、簡潔にかかれており、難解な表現も多いところです。我々鍼灸師が読む時でも、その深いところにある意味に気がつかずに通り過ぎてしまいがちなところでもあります。
「くしゃみ」はその昔「くさめ」と発音されていたそうです。これは、「くそくまんみょう」という言葉が省略されて「くさめ」となったものであります。我々の太古の先祖は、くしゃみをすると気が漏れて魂までもが抜けてしまうと、くしゃみを大変恐れていたそうです。そこでくしゃみをした後に、魂が抜け出ないようにと、「くそくまんみょう、くそくまんみょう」と呪文を唱えていたそうです。しかし「くそくまんみょう、くそくまんみょう」と長々と唱えていたのでは間に合わないということで、「くさめ」と縮められ、さらにそれが「くしゃみ」という発音になっていったということです。
太古の先祖が考えたように、くしゃみをして魂が抜け出ることはありません。しかしながら東洋医学の古医書にあるように、くしゃみは病の始まりであります。古代の人々にとって病にかかることは死に直結することだったろうと思います。太古の人々も、くしゃみが激しく出たときには同時に背中もぞくぞくしたり、熱が出たりと、何か身体に異変が起きていると感じていたに違いありません。その危機感からこの「くしゃみ」という言葉が生まれ、そしてそれが気・血・津液に影響が出ている兆候だと、既にそのときから知っていたというところに、身体の変化をつぶさに観察してきた東洋医学の智慧を感じます。
より深い理解のための参考図書
『陰陽五行説 その発展と展開』 根本幸夫・根井養智著 じぼう社
『東洋医学を知っていますか』 三浦於菟著 新潮選書
『図説 東洋医学 基礎編』 山田光胤・代田文彦著 学研
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