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コラム 『東洋医学って何?』 |
| 第30回 全ての道は健康に通ず 2007年12月7日 |
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毎年年の瀬になりますと、流行語大賞が発表されますが、健康観や健康食品など、健康に関わることについても、同じように毎年流行があるように思います。 鍼灸院によっては、そういった流行に乗り遅れまいと、毎年それに合わせるかのように、新たなメニューが出現したりします。そして流行の終わりとともに、その施術メニューはどこへやら・・・。こういった流行への対応は、新しい鍼灸の分野の開拓でもあり、また、それが一般の方が鍼灸に目を向けてくれるきっかけにもなりますので、一概に悪いとは言えません。しかし、自分がそういった治療をやるか?自分の治療院でもやるか?と言うと、「必要ないかな・・・」というのが正直なところです。 といいますのも、デトックスであっても、スポーツであっても、また、アンチエイジングや美容であったとしても、求めるところは「健康」なのですから、何も施術メニューを変える必要はなく、とにかく「健康であること」はどういうことなのか?そして、それを維持していくためには、どんなことが必要なのか?という大本の追究こそが最も大切であると思うからです。逆に言えば、こういった大本にある「健康」の追究がなければ、アンチエイジングも、美容も始まらないと思うのです。 鍼灸は伝統的な治療なので、ともすると古い知識と思われがちです。確かに2000年前に書かれた『黄帝内経』という書物が聖典ですので、古い医療に違いはありません。しかし、その始めから今日まで積み上げられてきた知識体系は、人間観察・健康観察の集積であり、そこには解剖学、病理学、生理学、精神医学、衛生学、そしてそれらをまとめる治療学など、身体に関する全ての分野が網羅されています。そしてその根底にある考えは、“人間が健康であること”“健康な生活を送ること”にあります。例えば気血の巡りが調いますと、五臓が安定して心も安定する、そして皮膚の艶や?理(皮膚のきめ)が調うということが古医書には書いてありますが、これはまさに現代のエステや美容に通じるものです。 現代では、美容、アンチエイジング、デトックスなど様々な言い方がされ、我々はそのそれぞれに対して様々な求め方をしますが、右の図に示したように、全ての土台は健康であることに通じていきます。 たとえば美容では、外から化粧をするという方法をまずは求めます。しかし、化粧は外を塗り固めているだけにすぎませんので、本来のきれいさではないところもあります。しかし、美容の根底にある健康という形で求めていくと、身体の内側からきれになることを求めるもので、これはまさに“健康美”と言われます。またデトックスにしても、排尿・排便という二便の出が基本ですので、自然な状態で快適に二便が出るというより自然な“健康な状態”を求めていくことで、デトックスは日常的に普通に行われているものとなります。 鍼灸医療は、常に健康である状態へ近づける医療です。健康な状態からどれだけ離れてしまったかを診断し、健康から離れてしまったものを健康に近づけていくことが治療になります。常に健康と密接に関係し、健康を追い求める鍼灸治療は、健康という土台作りをする医療であります。そしてそれは、健康を土台にした美容やエステ、アンチエイジングなど、全てに通じるということが言えるのです。 【関連情報】 表参道・青山・源保堂鍼灸院 ブログ『続・鍼たま』 『続・鍼たま』内の関連記事 ・ 「美容と鍼灸」 ・ 「アンチエイジングと鍼灸(1)(2)」 ・ 「流行り廃りの健康観」 ▲このページの一番上に戻る 鍼灸治療のお申し込みは → こちら |
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| 第31回 東洋医学はフィクションか? 2008年1月24日 |
| 漢方医学は長い歴史と多くの経験の集積によって成り立っております。そしてなおかつ実績も上げてきました。だからこそ、歴史の遺物になることなく、実践医療として受け継がれてきました。そしてそれは現在も変わらず、こうして東洋医学は健康に良いものとして、治療効果のあるものとして活かされています。 東洋医学と言いますと、その学術はツボのように簡単なもののように思われがちですが、それはあくまでほんの一部に過ぎず、東洋医学を修めるためには、人体を理解し、病を治すための東洋的生理学や臓腑学、病因学、治療学を学んでいく必要があります。 しかしある時期、この東洋医学の学問の根幹でもある臓腑論に疑問が投げかけられました。医学書に書かれている臓腑学と、実際の身体の内臓の様子はひょっとしたら異なるのではないか・・・という疑問が出てきたのです。そしてそこから、東洋医学は虚構(フィクション)ではないか?という疑問も出てきました。このような疑問を持った医家について、日本と中国の医家のお話しをしてみます。 まず日本ですが、江戸中期の医師に、山脇東洋(やまわきとうよう 1706〜1762)という人がいます。山脇東洋は漢方医で、古方派という分類に入ります。この古方派は、陰陽五行学説や『黄帝内経』などの古医書を重視するグループです。しかし山脇東洋は、古方派に属しながらも、古医書に書かれている臓腑論の記述や陰陽五行学説に固執する漢方医学に納得ができなかったようで、その疑問を解決すべく、京都で日本初の人体解剖をしました。実際に解剖をし、実際の内臓を見て山脇東洋は驚きます。それまで自分が信じていた五臓六腑の概念と、実際の内臓の様子がだいぶ異なっているのを目の当たりにしたのですから、驚くのは当然で、その驚きたるや凄まじいものがあったと想像できます。 次に中国に目を向けますと、王清任(おうせいにん 1768〜1831)という人がいます。王清任は山脇東洋と時を同じくする世代ですが、時代の空気とは面白いもので、こうして場所が違いながらも、王清任もまた、古医書の臓腑論に疑問を持ちます。王清任の時代は清ですが、この頃になりますと、宣教師などが中国にやってきて、中国にも解剖の知識が入ってきます。しかし、多くの医家は、儒教的な倫理観もあり、解剖をすることを好まなかったので、西洋的な解剖学の知識が、中国の医家の間で広まることはありませんでした。しかし王清任は実際の解剖を重視して、山脇東洋と同じように、古医書の臓腑論と実際の臓器の様子の差異を目の当たりにし、それを記録し、『医林改錯』という本にまとめました。 このように、日本でも中国でも、それまで東洋医学がよりどころにしていた古医書の記述に対して、実際の解剖から疑問が投げかけられた時代がありました。この疑問の大本にあるのは、医学というサイエンス(科学)に、陰陽学説、五行学説という一つのフィロソフィー(哲学)が入り込み、フィロソフィー重視で医学がまとめられてしまうところからくる違和感だと思います。フィロソフィーはいわば物事の考え方や思考方法であり、これは時代や個人によって異なりますので、フィクションという部分があります。ということは、東洋哲学という一つの思考方法でまとめられた東洋医学は、サイエンスではなく、壮大なフィクション、つまり虚構にすぎないのではないか?という疑問に行き着いたわけです。 この山脇東洋の投げかけは、その直ぐ後に訪れた時代を打破しようとする大きなうねりの時期、つまり江戸末期・幕末に受け継がれ、外から入ってきた新しい思考方法、つまり蘭学の導入によって、前野良沢・杉田玄白らによる『解体新書』の翻訳へとつながります。そしてそのうねりは、東洋から西洋へという変化、漢方から蘭方への機運へと高まり、フィロソフィー重視と見なされてしまった東洋医学は、分が悪くなっていきます。蘭方の身体観、つまり西洋医学的な身体観もまた、西洋哲学という一つのフィロソフィーを土台にしているのですから、西洋医学もフィロソフィー、フィクションと言えなくもないのですが、この大きなうねりの時代の中では、解剖という目の前にある現実の方が、抽象的な概念よりも好まれたのは事実で、これは時代の流れ、時代の空気であったのかもしれません。 しかし、冒頭にも述べましたように、東洋医学は歴史の蓄積の中で絶えることなく受け継がれた医療で、実践的効果の積み重ねです。医療の現実は患者さんのためにあり、病を治すこと、よりよく生活する一助となることにあります。東洋医学はそのために身体がどのような構造になっているのか、どのような働きを持っているのか、そしてそれらがどのように関連しあっているかをつぶさに観察した医療体系です。フィロソフィーに無理やり当てはめたのではなく、身体が持っている現実をつぶさに観察した結果、陰陽五行などの東洋哲学というフィロソフィーを借りながら構築された医療体系です。 私は鍼灸師として、東洋哲学と深く関わる「本治法」というものを施術しておりますが、この治療方法の効果を目の当たりにするにつけ、決して東洋医学は過去のものではなく、現在進行形で広く普及されるべきものだと確信しており、東洋医学はフィロソフィーを借りた実践的サイエンスといえると思います。 現在西洋医学の治療方法に疑問が投げかけられ、東洋医学が見直されています。これは、山脇東洋の時代とは逆の流れかもしれません。歴史は繰り返されるといいますが、行き過ぎた医療の矛盾に対して、東洋医学の復興が求められている時期なのかもしれません。そして、この復興の背景にあるのは、治療を求める患者様の多くの声があると思います。その多くの声に応えられるよう、日々臨床に励みたいと思います。 ▲このページの一番上に戻る 鍼灸治療のお申し込みは → こちら |
| 第33回 ストレス社会と鍼灸の役目 2008年3月30日 |
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東洋医学では、病気の原因を外因、内因、不内外因と三つに分けます。外因は外から身体に侵入するもので、六淫と呼ばれる気候、暑い寒いなどの影響を指します。そして、内因は、身体の内側から起きるもので、感情や精神の揺れ動きやストレス、また、飲食物や過度に身体を動かした場合の労倦(疲れ)などが含まれます。そして、三つ目の不内外因とは、外因でも内因でもないものを指し、ここには虫刺されや、蛇にかまれた、怪我などが含まれます。 このような東洋医学の分類でいくと、感情的、精神的なストレスは、内因の中にある七情内傷というものになります。ストレスは自分の外から来るものですが、それに反応する内側が動揺することによって内因となり、身体に影響が出てきます。例えば急に何かトラブルに巻き込まれたとき、まず急なことに対しての“驚き”、そして、どうやって解決したらいいかとあれこれ気を揉む“憂い思い”という形で、感情と精神が揺さぶられます。 その七情と、影響を受ける臓器は、右図のようになっています。この表は縦に見ていくものなのですが、それぞれの五臓に、感情を表す五志というものが配当されています。この配当を参考にすると、どの感情がどの臓器に影響を与えるのかが分ります。例えば、“怒り”は、そこに配当されている肝臓に影響を与えることになります。怒りは、“怒髪天を突く”ともいうように、身体の気を上に登らせます。気が上りますと、頭に気が登りますので、頭痛や頭が重くなったり、また目が赤くなったりという症状が出る、という基本的な影響が分り、この分析によって、治療穴を見出すことができます。 ストレスというものは目に見えません。内側で起きる感情もまた、目に見えるものではありません。そして、同じストレスであっても、その人がどのように受け止めるかは、人それぞれで異なるので、数値化することは難しいものです。そのため、数値化して診断していく西洋医学にとって、この精神的・感情的ストレスというものは、対処の難しいものの一つになります。 一方東洋医学では、上述してきたように、感情や精神的ストレスを内因として認識し、それをさらに分類する方法が古来より存在しております。これは、つまり、東洋医学がストレスの治療にも効果があることを示すものです。実際の臨床においても、このストレスの分類方法は、現在にも活用できるものであり、治療としても効果が上がるものということがわかっております。 生命活動とは、常に何らかのストレスに影響を受けています。心の波をフラットにしたいと、“悟り”のための座禅なども生まれたのかもしれませんが、なかなかできるものではありません。かといって、このストレスへの対処を何もせず、毎日の生活の中でストレスにさらされ続けていると、体と心は磨り減り、内因となります。鍼灸が、このストレス社会に担う役目として、このストレスによる影響を除去していくこと、ストレスにやられない抵抗力を身体に戻してあげることなどが挙げられると思います。 ▲このページの一番上に戻る 鍼灸治療のお申し込みは → こちら |
東洋医学における病気の原因の分類 病気の原因 │ ├ 外因 ─ 六淫(風・熱・湿・燥・寒・火) │ ├ 内因 ┬ 七情内傷 ←感情・精神的ストレス │ └ 飲食労倦 │ └ 不内外因 七情の分類
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